誰からも必要とされていないと嘆く私にもいらないものはあったみたい。
いつからか自分の部屋を収容施設みたく思うようになった。鍵をかけても完全な個室にはならないし、家にいるだけで息が詰まるような感覚があった。リビングから聞こえる声とか、ドアをノックされる音とか、そういうものにすら嫌悪していて。
とはいえ、別に虐待されているとか、親がトチ狂っているとか、そういうことではない。高校を卒業したあたりからだろうか。心に穴が開いたような感覚があった。
とりあえず、ここ数年の私は非常に不安定で、常に虚無感でいっぱいだった。とにかく家からでたくて、県外で仕事をしたりもした。帰ってきてからしばらくは何をする気も起こらなくて、たまにチャットレディで小遣い稼ぎをして食い繋いだ。それから少し母の店で働いたりもしたけど、やっぱり長くは続かなかった。
義父の会社を辞めた時もそうだけど、母と私はどこか合わない。一緒にいる時間が長いとすぐにダメなってしまう。距離を置くことで一時的には平穏に過ごせても、結局は衝突ばかりだ。厄介なのは、それが私との問題ではなく、間接的なものばかりだということ。
先月だったか、帰宅途中に母親からラインがきた。簡単なお願い事だった。でもそれをみたとき、なにもかもが嫌になった。消えてしまいたい、そう強く思った。このままどこかに突っ込んでしまおうか。そんなことを考えて、アクセルを強めた。けどやっぱり死ぬのは怖くて。どうにか路肩に寄せ、落ち着こうとペットボトルのお茶を飲んだ。そしたらなんだか笑いが込み上げてきて、少し笑って、それから泣いた。泣きながら色々考えた。そしたらこのままじゃ死ねないなって思った。できることなら私の存在すべてを跡形もなく消してしまいたいし、死んでからも迷惑をかけたくない。それにあの部屋は私の分身で、いろんなモノで溢れかえっている。ぐちゃぐちゃで、みられたくないものばかりで、あのままにしてはおけない。
それからは、毎日少しずつ部屋の掃除をした。断捨離というより身辺整理に近いもので、結構思いきってたくさんのものを捨てた。思い出の手紙。古いノート。着なくなった服。元彼からもらったネックレス。譲り受けたベッド。
セミロングだった髪もショートにしたし、ラインも作り直して、名ばかりの友達も綺麗さっぱり消去した。
綺麗に死ぬ為の準備だったはずなのに、なんだか気持ちがすっきりした。少しだけ、前向きになれたような気がした。
ずっと寂しかった。
整理された部屋はどこか落ち着かなくて、だからたくさんのモノで溢れさせた。欲しくないものばかり買って。無駄なことにお金を使って。それを後悔して、また同じことを繰り返した。負のループ。
でもそれをようやく捨てることができた。
しかし、死にたいという気持ちが完全に消えたわけじゃない。幸せだって思うことはあるけど、心が完全に満たされることはない。今だってどうしようもないことに怯えているし、代償行為もやめられないまま 。夜もあまり眠れていない。
とりあえず。
気づかないふりをしているけど、私にはまだ捨てられないものがたくさんあるらしい。
本当に大切にしなきゃいけないもの。
手離さなきゃいけないもの。
頭では分かっていても、
どうしようもないことってある。
いつか、手放せる日はくるのだろうか。